パラレル(平行世界)という考え方があります。既に存在する1つの作品Aの設定や内容を変えて新たに作品Bを作った場合、「AとBはパラレルだから」という言い方をするんですね。個人的にこの「パラレル」という考え方は非常に苦手です。というのは、1つの物語が全然別の設定で描かれたりすると、「じゃあどちらで描かれているものが本当の世界なの?」と悩むことになるからです。多少異なっていたとしても整合性をもった解釈ができる程度に異なっている分には問題ないんですけど、これが解釈のつけようがないほどにバラバラになってしまうとどうにもできません。単純にそのどちらか一方を「これは関係のない全くの別物」と割り切ってしまうことができれば話は簡単なんですけど、それができない場合には心を引き裂かれんばかりに辛い思いをすることがあります。
漫画がアニメ化される時の紹介記事を見ると、よく「原作とは違った展開の・・・」とか「原作にはないオリジナルな・・・」と書かれていたりするわけですが、こういうものを見るにつけ、それはちょっとあんまりじゃないかなぁって思ってしまいます。ポポロがアニメ化されるというニュースを知った時には心臓がバクバクしてしまうほどに嬉しくかったんですが、実はその一方で一抹の不安も湧き上がっていました。「もしポポロ1の話と全くつながりのない内容や設定になってしまっていたらどうしよう・・・」と。だから緊張しながら観た第1話でしたけど、まさにその内容はちゃんとポポロ1で描かれた世界に通じていたので、観終わった後は「よかったなぁ♪」ともう心底喜んでました。その後時には第11話の冒頭に深く沈んだりすることはあったにしても、決してゲームはゲーム、アニメはアニメ、という離れ離れなものではなく、むしろお互いがお互いに非常に良い意味で影響しあってポポロの世界観を一層深く広げてくれました。一方これとは全く異なる様相を呈しているのが現在りぼんオリジナルで連載されているピノンの物語。こちらはピノン、ルナ、パプーなどお馴染みの顔ぶれが登場するものの、設定やお話の内容は「はじまりの冒険」の中で描かれた世界とは全く別のものとなっています。そしてその違いはもはや別物と考えるほかないほどですが、とはいえせっかくポポロクロイスの名前を冠して連載されているのに別物扱いしなくてはいけない、ということが無性に悲しいです。こんなことを言い出すと、「じゃあ元の作品どおりに描かなければいけないのであれば、わざわざ漫画を連載する必要はないし、オリジナルな要素を組み込むことなんかできない」となってしまうので、それもそれで分かる部分はあるので、ものすごく複雑な気分になってしまいます。元の世界観から外れないという制限のもとで、オリジナルの内容を組み込んで、なおかつより一層深くその世界を描き出す、というのは相当難しいこととは思います。でもポポロに限らず、やはり元となる作品があって、そこから漫画やアニメ、小説などなど別の形に派生させるような場合にはそうあって欲しい、と強く願います。
さて、パラレルそのものをゲームに組み込んだと言えるものが、マルチエンディングのゲームです。このマルチエンディング・マルチシナリオのシステムは、ゲーム的な幅を広げかつ、プレイヤー自身でそれぞれの物語を進めることができるという利点があります。しかしこのシステムは「世界は1つ」という捉え方をしようとする場合には障害となってしまいます。こういう終わり方もある、ああいう終わり方もある、となると世界の姿が1つに定まらず、まさしくパラレルの温床となるからなんですね。非常に細かいことを言うと、パーティを自由に入れ替えることができる、というシステムもこのマルチ的な匂いがするわけで、えー、考え出すと悩んでしまう部分ではあります。